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信じるモノがない

雑記
08 /03 2020
今年はほんとにとんでもない年になりましたね。
本来であれば、今頃オリンピックで盛り上がって国内はお祭りモード真っ盛りだったでしょうに。

気を緩めて旅行にも行けやしない。

普段から運動不足なのに、通勤まで奪われて、ますます運動不足。
転職活動も一時的にヤル気が出たけど、オンライン面談は面倒だし…
なにより、転職できたとしても在宅勤務スタートだから、同僚への挨拶どころか顔さえ分からず…

いつまで続くのやら。

R0000644.jpg
撮影データ
カメラ:RICOH GR III

撮影時期:2020年8月上旬
撮影場所:大阪市中央区、戎橋



そういえば、高校入学直後の頃、帰宅しようと学校を出たところで知らない女性に声をかけられた。
その頃から女性慣れしていなかった俺は、声を掛けられただけで舞い上がってしまい、女性からのお願いを断り切れなかった。
その女性のお願い、と言うのは、彼女と一緒に神にお祈りする事。
『エ〇バ様がxxxx(忘れた)ように』
と10回くらいだったかな?
目を瞑って一緒に唱えて欲しい、だったような。

顔真っ赤にしながら、自分よりちょっと年上の女性(彼女も顔を真っ赤にして頑張って耐えているように見えた)と一緒に目を瞑って唱えましたよ!

周りからヒソヒソ声が聞こえるのでうっすら目を開けると、下校中の他の生徒にジロジロと見られていた。
声を震わせながら10回?唱えた。
恥ずかしい心と、カワイイ女性と会話できた嬉しい心と、何とも言えない気分。
もう、味わう事のない、何とも言えない気分。

その女性と別れた後、近くにいた上級生男子生徒に囲まれて、
「何やらされてたん?」
「え?え?何アレ、誰?」
数人に囲まれた。
適当に答えて振り切った。

おそらく、彼らは「女性」に興味があったのだろう。
でも、怪しそうな感じだったし、自分から声を掛けられないし…
そんなところへ見るからに新入生の俺が彼女に声を掛けられたもんだから…


そういえば、東京生活を始めて間もなく、マンションの部屋にも訪れられたな。
その時は、中学生か高校生くらいの女の子と、その母親(らしき大人の女性)。
玄関で聖書の一部を一緒に読んでくれるだけで良い。
もちろん、一緒に読んだ。

いやぁ、あれはね、
勘違いする奴、絶対いるよ。
それをわかってて、あえて若い女の子を出してきているのかも知れないけど。

高校生の頃は本当に何もわからなかったので、ただ、知らないカワイイ女性に声を掛けられ、一緒に何かを唱えた。
という記憶だけが鮮烈に残ったけど、大人になってからは余計な事を色々と考えさせられた。

その頃も今と変わらず一人暮らしだったので、暇なときは部屋に置いて行ってくれた冊子を読むことが多かった。

東京の自室に来てくれたのは、最初こそ女の子だったが、いつの頃からか、同年代の男に代わった。
それでも断る理由もなかったので、毎週のように彼は足を運んでくれていた。
そして、その後、引っ越した。

その後はまったく縁がない。


いろいろと世間では言われているけれど、世間の印象とは随分と違っているように思えた。
今まで身近にあった宗教は仏教か神教くらい。
キリスト教はイベントしか知らない。
あれほど真摯に宗教と向き合っている人達を見ると、自分が何だか世間知らずの薄っぺらい人間に思えてならなかった。

でも、注意深く生活していると、宗教活動している人って、結構いるんですよね。
高速のPAやSAで休憩していると、それっぽい装束を着た団体さんを見かけることもたまにある。
鉄道の趣味やってると、宗教団体による団体臨時列車もたまに聞く(見たことは無い)。
学生時代は日本橋のある場所で憑りつかれた様にPCショップのビラを配っていた人を見たこともあったな。
アレも宗教活動の一部だったんだろう。


『無神論者なんです』
とまでは言わないけど、あまりにも無関心過ぎる自分がちょっと変に思えてくる。
だからと言って、特定の宗教に入るべきだ、とも思わんけど。


宗教だけに限らないんだけどね、
誰かに頼るっていうのが、恐らく自分にとっては極めてハードルが高い事のようなんです。
変に歪んだプライド、とでも言うのでしょうかね?
いや、頼るものがあると自堕落な生き方になってしまうんだろうと警戒しているのかも知れない。
また、そのどっちでもあるかもしれない。


でも、時々思うんですよ。
無性に『何かを信じたい!』と思うことが。
信じるモノがないまま、人間としての一生を終えるのって、なんだか悲しいような、虚しいような…
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